朝起きたのは6時。
場所はエジプト南部の街・アスワン。
ナイル川に浮かぶ中洲にある安宿です。
今日の予定は、いまいるアスワンから300km南にある、
アブシンベル神殿へ行って帰ってくること。
本当は、アスワンから出ているアブシンベル神殿往復ツアーに参加する予定でしたが、
昨日確認してみると予約でいっぱいとのこと。
車を貸し切って行くと97USD(約11000円)かかると言われたので、
仕方なく、地元民が使うローカルバスで行くことに。
ローカルバスなら往復100ポンド(約660円)です。
バスが出るのはアスワンの街にあるバスターミナル。
この水色の車体が目印。
バスの隣にある窓口でチケットを購入。
アスワン〜アブシンベルは1日1往復のみ、
朝8時アスワン発、昼13時アブシンベル発です。
乗り込んで、出発を待ちます。
そしてほぼ定刻通りの8時10分に出発。
バスは砂漠の中の一本道をひたすらかっ飛ばし続けます。
そして約4時間後の11時50分にアブシンベルの街に到着。
今日訪れるアブシンベル神殿は、
アスワンハイダムの建設によって水没の危機にさらされましたが、
UNESCOの援助により、分解・移転され、守られたことで有名です。
アスワンハイダムは1970年、ドイツと旧ソ連の協力によって完成したダムです。
当時、急激な人口増加という問題を抱えていたエジプトは、
ダムを造ってナイル川を堰き止めることで、
農業用水の安定した確保と電力の生産を行おうとしました。
ここで問題になったのが、ダムの建設によって造られる人造湖に、
貴重な遺跡群が沈んでしまうこと。
なにしろ、人造湖の規模は世界最大の全長500km(東京〜大阪と同じ距離)、
琵琶湖の7.5倍というとてつもないものです。
遺跡群を水没から救うべく、UNESCOは世界中から資金と知恵、技術を集めました。
そして、遺跡を切断して約1000個の巨大なブロックに分け、
移設して組み立ててしまうという計画が実行され、
無事に成功しました。
さらにこれを機に、
人類の宝でもある貴重な文化遺産、自然遺産を保護していこうという機運が高まり、
世界遺産条約が採択され、
この移設された遺跡群は世界遺産第1号として登録されました。
この話を中学高校時代に勉強したときに、
いつの日かこの目で見に行ってやる!と思い、
そしてとうとうその夢が今日叶おうとしています。
10年前の自分よ、
いまおれはアブシンベルにいるぞ!笑
入場券を買って遺跡へと入ります。
目の前にはアスワンハイダム建設によってできた巨大な人造湖であるナセル湖が広がっています。
本来ならこの湖の中に、アブシンベル神殿も沈んでしまうはずだったと考えても、
あまり実感が湧きません。
アブシンベル神殿はいまから約3300年前、
ラムセス2世によって建てられました。
ルクソールにあるカルナック神殿やルクソール神殿にも自分自身の巨像を残している彼は、
この神殿にも自らの像を大量に建てました。
まさに自己顕示欲の塊!笑
神殿の外観は圧巻。
巨大なラムセス2世の像が4体も並んでいます。
さっきも言いましたが、自己顕示欲の塊!笑
入口をくぐると、そこは大列柱室。
これまた、ラムセス2世の像が8体、
柱となって天井を支えています。
両側の壁には、カデシュ(現在のシリア)で、
ヒッタイトと戦うラムセス2世が描かれています。
ルクソールの神殿とは異なり、
この神殿の壁画は躍動感に溢れている印象を受けます。
いやー、素晴らしい。
そして神殿の最奥部には、
神々に捧げ物をする、これまたラムセス2世。笑
しかしこの遺跡、保存状態と言い壁画のクオリティと言い、
とてつもないレベルの高さです。
これまでルクソール、アスワン、アブシンベルとエジプトを巡ってきましたが、
現時点でナンバーワンの遺跡はこれです。
UNESCOが死ぬ気で守ろうとした意味が分かります。
これは、水没から守られて本当に良かった。
神殿の隣には、ラムセス2世の家族が刻まれた小神殿があります。
いやー、大満足の遺跡観光でした。
帰りは、アスワンから乗ってきたのと同じバスに乗り込みます。
バスは、予定より30分遅い1時半にアブシンベルの街を出発。
遅延すると予想して遺跡をじっくりと観光したので、
1時20分ごろにバス停に向かったのですが、
無事に乗ることができました。
出発から1時間半後の3時過ぎ、
バスは砂漠のど真ん中で休憩タイム。
ポツンと一軒だけカフェがあります。
砂漠なので雨が降らないため、
天井はなんとベニヤ板でできています。笑
本当に日差しを避けるためだけの天井。
そしてバスは夕方の17時半に再びアスワンの街に戻ってきました。
軽く夕食を済ませて街をぶらぶら。
あしたは朝、アスワンを発って首都のカイロへと移動します。
そしてピラミッドに行く予定!
それではおやすみなさい!