旅バカ医大生、絶景求めて世界一周。

バカで無謀な大学生が、バックパッカーとして世界一周を目指すブログ。現在41ヶ国訪問!ついでに野宿で自転車日本一周もしてます。ときどき登山も。

世界一周147日目 ペルー(49) 〜絶景!雲に浮かぶマチュピチュ〜







朝起きたのは8時すぎ。

場所はマチュピチュ遺跡の麓にあるマチュピチュ村の宿。

標高は約2000m。




久しぶりにのんびりできる朝、

ベッドでごろごろしてから宿を出たのは10時。






街をぶらぶらして早めの昼食を食べ、

いよいよマチュピチュ遺跡に向かいます。





マチュピチュ遺跡の入場券は午前と午後の2部制に分かれており、

ぼくたちが買ったのは午後の入場券。



12時〜17時半の間のみ入場が可能です。




12時に麓のマチュピチュ村からバスで出発。





標高差400mのつづら折りの山道をバスで登り、

とうとうマチュピチュ遺跡に到着。


標高は約2400m。






そして約5000円の入場券を見せて入場!





順路に従って歩いて行くと……




いきなり出たああああ!!!!!






しかし、深い霧(雲?)に包まれて

すぐに何も見えなくなってしまいました。





雨も降ってきたので、見張り小屋で雨やどり。






そして、徐々に霧が晴れてきて……






ついに……






見えました!!!


雲に浮かぶ絶景・マチュピチュ遺跡!!





いやー、これはすごい。

まさに秘境、天空の城です。





マチュピチュについては、

以下、「地球の歩き方」より。



マチュピチュを築いたインカ帝国は、

南米大陸にスペインが上陸した1530年頃に全盛期を迎えていました。



領土は現在のコロンビア南部からチリ北部までの

およそ4000kmにも及び、

まさに南米最大の大帝国となっていました。




しかし1532年、

200人にも満たないスペイン人征服者によって

第13代王アタワルパが捕らえられ、

インカ帝国は脆くも崩壊してしまいます。




インカの首都クスコはスペイン人の手に渡り、

街は破壊し尽くされてしまいました。



クスコを逃れたインカ軍は、

スペイン人たちの手の届かないジャングルの奥地に

秘密基地「ビルカバンバ」を築き、

細々と抵抗を続けていました。




その後に起こったインカ軍の反乱も制圧され、

結局ビルカバンバは見つかることなく、

いつしか「伝説の都」と呼ばれるようになりました。




ビルカバンバは一体どこにあるのか?


ビルカバンバに関する古い記録

「非常に高い山の頂にあり、
精巧な技術で建造された壮大な建物が聳え立つ」

にヒントを得たアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガム

1911年にこの遺跡を発見しました。




ちなみにハイラム・ビンガムとは、

映画インディー・ジョーンズのモデルとなった人物です。





マチュピチュの発見はビルカバンバの発見と思われていましたが、

その後の研究により、

どうやらビルカバンバはさらに奥地にあったことが分かっています。


(現在は、マチュピチュの西約80kmにあるエスピリトゥパンパこそがビルカバンバであるというのが定説となっています)





そしていよいよ遺跡の内部へ。





マチュピチュ遺跡には、

約300〜1000人が住んでいたそう。




この門をくぐると村人が住んでいた市街地です。







市街地を見下ろす位置にある、複数の神殿。





カミソリ1枚通さない、という

精巧なインカの石積み技術が用いられています。






この全ての建物の材料となった石を切り出したのが、

この石切り場。






そして、石切り場から眺める段々畑。

ここでトウモロコシやジャガイモを栽培していたそう。








神殿のそばには、日時計が。







神殿を抜けると、

人々が暮らしていた居住区が広がります。






アンデスでは家畜としてよく飼われているリャマ。





ボリビアやペルーでは、

「肉」といえば牛や豚、鶏ではなくリャマ。



レストランでもしょっちゅう出てきます。






最後に段々畑を見納めてマチュピチュに別れを告げます。






帰りも再びバスに揺られて、

標高差400mのつづら折りの道を下ります。






そして麓のマチュピチュ村に帰還。





早めの夕食を食べて宿に戻りました。


今夜は久しぶりに身体を休めてのんびりします。





それではおやすみなさい。